「再生する自然の力」と「平和を願う人々の力」

「再生する自然の力」と「平和を願う人々の力」

「再生する自然の力」と「平和を願う人々の力」

 

こんにちは。POPOです。^^

 

広島に行ってきました。

 

クライアントさんのオススメの場所!

「おりづるタワー」へ・・・

 

 

行ってよかった!
と、すごく思いました。^^

 

屋上の展望台からは、平和公園と原爆ドーム、広島の街を一望することができます。

 

 

そして、

フロアでは、広島の街が復興していく様子を伝えてくれます。

 

おりづるタワーのコンセプトの一言がいいなと思いました。^^

 
「人々が思い描いてきたヒロシマのポジティブな力をご鑑賞ください」

 

たくさんの人たちが、街の復興、平和を深く願い、
今の広島を作っていかれたんですよね。
 
すごいな、本当にすごいなと思いました。

 
ポジティブな力強さをいっぱい感じました。

 

 

折り鶴も折りましたよ。^^

 

 

 
そして、

綺麗に紅葉した平和公園の木々を眺めながら

 
ふと、思ったのです。

 
きっと当時、植物たちも被爆してしまったはず・・・
どうやってこんなに緑豊かな様子に変わっていったのだろう?
 

原爆ドームのすぐ傍にも一本の立派な木が

凛として立っています。

 

 

一度、気になるとどうしても知りたくなる。^^;

 
館内のカフェでコーヒーを飲みながら検索してみました。

 
そうすると
広島市のホームページに詳しく解説されてありました。^^

 
一部、引用させていただきます。

 
(引用開始)
 
『被爆樹木』

 
原子爆弾調査報告集(1953年)によると、
 
爆心地から2キロメートル以内で約50パーセントほど幹が折れたとされ、
2キロメートル以遠では爆風により倒壊し樹木はなかったとされています。
 
さらに爆心地から2キロメートル以内は建物の全焼区域でもあり、多くの樹木が焼き尽くされました。

 
そうした中、被爆の惨禍を生き抜いた樹木や焼け焦げた樹木の株から再び芽吹いた被爆樹木が、
現在でも爆心地から概ね半径2km以内に約160本残っています。

 
 
『語り継ぐ平和の緑(国内外からの寄付樹木など)』

 
平和記念公園の緑豊かな樹木は、原爆による被害からの復興の象徴の一つですが、
これらの樹木には国内外から寄付されたものが多数あります。

 
平和記念公園の整備にあたって、昭和29年(1954年)に、

当時の広島市長が全国の市長に樹木の寄付を呼びかけたことがきっかけとなり、
その後、国内外から多くの樹木が寄せられた経緯があります。
 
(引用終了)

 


焼け焦げた樹木の株から再び芽吹き、再生していく樹木たち・・・

国内外から多くの樹木が寄付されたという平和を願う多くの人の力!
 
すごいですよね。^^

 
強い生命力と、高いエネルギーを感じました。

 

この樹木たちは、ずっとここで街が復興していく様子を見守ってきたんですよね。^^

 
そういう あたたかい姿もしっかりと見せてくれる
おりずるタワーでした。^^

 
そして、

その後、

館内のショップでおみやげ品を見ている途中に気づいたのですが・・・

 
おー!って、ビックリしたのです。
 

ショップ名が「人と樹」だった。^^

 

 

樹木のことを考えているタイミングで、この言葉が目に入ってきて
ビックリ!嬉しくなりました。^^

 
「人と樹」・・・なんだかとってもいいですね。^^
あったかい気持ちになりました。

 

 

おりづるタワーを出た後、

傘をさして、雨の降る平和公園をゆっくりと歩いてまわりました。^^

 

 

おりづるタワーを
オススメしてくださったクライアントさんに感謝です。

 
ありがとうございます。^^

とっても優しい気持ちになれる一日でした。

 

おりずるタワーのホームページです。^^

 

 

 

コーチング・ブレインスパⓇ詳細 & 料金のご案内

アートセラピー詳細 & 料金のご案内

ハンドメイド詳細 & 作品、オーダーのご案内

総合メニュー

私が思うことカテゴリの最新記事